破滅がやってくる。祭りがやってくる。僕はわくわくしていた。雨戸を閉める。カーテンも。この楽しい夜を邪魔されないように。テレビをつける。ニュースが引っ切りなしに叫んでいる。チャンネルを次々とかえてみる。それぞれの局が、いかに破滅を面白く見せようかと工夫を懲らしている。僕は破滅の生中継を見ながら酒を飲む。必死の形相のアナウンサー。演技がうまい。後ろではいつ造ったのか知らないが見事なコンピュータグラフィクスが破滅の原因を解説している。誰もいない道路の上で何か言っているレポーター。その横でピースサインを降り回す子供。眉間にしわを寄せた“識者”へのインタビュー。これが一番笑える。みんないろいろなことを言っている。何を言っても無駄なのに。
思いついて、僕は友人に電話をかけてみた。幸い電話はまだつながっていた。一人目は家にいなかった。二人目は錯乱していた。三人目は――僕と同じように、楽しんでいた。
「ね、テレビ見てる?」
彼女ははずんだ声で言った。
「ああ、面白かったね、8チャンネル。NHKもストイックでよかったけど」
「あのさ、ちょっと外出ない?」
「外?」
「だってめったにあることじゃないわよ、こんな経験。どうせならカラダで感じなきゃ」
そういうわけで、僕は外で彼女と会うことにした。ときどき、あわてふためいて逃げる人々とすれ違ったが、基本的には静かなものだった。右翼の宣伝カーが乗り捨ててあったので、僕は荷台の中へ入ってみた。中に何があるか前から興味があったのだ。短銃と日の丸のハタとアーミールックが入っていたので、とりあえずアーミールックだけを拝借した。
「なあに、そのカッコ」
彼女が笑った。ウケたので僕も嬉しくなった。
「はい、これ」
彼女は小さなびんを僕に手渡した。それは風邪薬のシロップだった。コデインとエフェドリンが入っていて、一気に飲むとラリってしまうやつだ。
「どうしたの、こんなもん」
「来る途中で薬局から失敬してきちゃった。これ飲むとどういう感じがするか、いっぺんやってみたかったんだ」
よく見ると、彼女の目は少し座っているようだった。
「僕はやめとくよ。もう酒でヘロヘロだし、あんまりボケてちゃイベントが楽しめなくなるからね」
彼女は不服そうな顔をしたが、すぐに「ま、いーか」と言って僕の腕にまとわりついてきた。
「大みそかみたいだね!」
道のまんなかで、彼女は大声をあげる。
「で、これからどうする?」
「破滅の日を過ごすのに一番の場所があるの」彼女は言った。「それはね、コンビニエンスストア」
コンビニエンスストア。そいつはいい。僕は夜中、よく二十四時間営業のコンビニで“世界の終わりごっこ”をしたものだった。世界の終わり、すべての人は死に絶える。そして残った一握りの人々だけが、この狭い、しかし充実した楽園のなかでひっそりと立ち読みなぞをしているのだ。
ひとりの夜は、毎日が世界の終末のようなものだった。コールタールのようにねっとりとした闇やテレビのはきだす灰色の砂嵐、そういったものに埋もれてしまわないように、僕らは毎夜ふらふらとコンビニにやってくる。コンビニには光があり、モノがある。その満たされた空間が、僕らを安心させるのだ。だから、真夜中のコンビニの住人たちは「世界の終わり」というものにはもう慣れているはずだった。
コンビニに入ると、驚くほど人がいた。僕らと同じような精神構造の人間なのだろう。雑誌を読んでいる者もいれば、座りこんでダベってる奴らもいる。僕は適当にそこらへんの物をレジに出した。金を払おうとしたら、店員に笑われた。
「ね、最高の場所でしょ」
彼女が言った。コーラのリングプルをひっこぬいて、僕に手渡す。店員のくれた“からあげくん”をほおばって、僕は外を見た。なにか白い服を着た集団が踊っていた。ぼんやりとその儀式を見ているうちに、僕は眠くなってきた。彼女がからだを寄せてくる。軍服のポケットをなんとはなしにまさぐってみると、短銃が腰にくっついてるのに気づいて僕の心は少しなごんだ。さあ、今日はもう寝よう。心地よいまどろみの中で、僕は明日のことを考えていた。明日は、もっと楽しくなる。