眠れなくて、眠れなくて、やっとの思いでたぐりよせた眠り。夢のなかをさまよっていると、足下にうずくまっていた老婆がわたしを呼び止める。
「もしそこのお嬢ちゃん、つめ替えてあげようか」
わたしは怪訝そうな顔をつくって、でもなぜか立ち止まった。老婆はしわくちゃの顔で笑っている。
「つめ替える?」
老婆は突然よろりと立ち上がり、小枝のような手でわたしの二の腕をつかむと腕の肉をくちゃくちゃと揉みはじめる。
「ほれ、この肉。血でべとべとのこの肉。ああいやだねえ、ああ生臭いねえ。あんたのからだはこんなのではちきれそうだ。それだけじゃあないよ。あんたの頭の中にもこれと同じようなぬるぬるがつまってて、あんたはそれでものを考えているのさ。ぐちょぐちょの肉人形。なんとも思わないのかい?」
そんな老婆の話を、わたしは不思議に素直に聞いていた。そうだ、あのときもそのときも、まっすぐなこころをねじまげてぶつ切りにしたのはいつも肉だった。肉はいつのまにか甘くまとわりついてきて、勝手に先へ先へと進んでいく。わたしはそれを追うのに疲れ果てて、やがて取り残される。そういうことを、いつまでも繰り返している。
「望むなら、あんたのからだを他の好きなものにつめ替えてあげるよ。うっとうしい肉と血を捨ててさ。さあ、なにがいい? ふわふわの綿かい? それともさらさら乾いた砂がいいかい?」
その申し出はいまのわたしには願ってもないことだった。もう肉を切り売りしないですむようになるかもしれない。わたしはぼんやりと考えて、思いついたものを口に出した。
「……ゼリー。いちごのゼリーがいいな」
子供のころ、なにも考えなくてよかったあのころに好きだったお菓子。
「いちごのゼリーかい。よし、そのようにしてあげよう」
老婆はわたしの手首をつかんで、なにやらぶつぶつと口の中でとなえだす。するとわたしの全身をさざ波のような感触がさあっと通り抜けていった。最後に頭の中でなにかがぶるり、と音を立てたような気がした。
「さあこれであんたのからだはすきとおったいちごゼリーだよ」
わたしはなんだかうれしくなって、手のひらを頭上にかかげて日の光にすかしてみた。うすももいろのゼリーの中にうっすらと骨が見える。老婆にお礼を言おうとして振り返ったが、そこにはもうだれもいない。わたしはまた歩き出す。からだがさっぱりしてとても心地がいい。
でも、夢から覚めつつあるわたしにはもうすでにわかっていた。この夢の中のわたしはきっとこれからそのいちごゼリーを食べさせる相手を探しにいくのだ。そのゼリーはきっといちごではなく肉汁の味がするだろう。ああもううんざりだ。