砂漠を歩いていた。昨日まではここは砂漠ではなかったのだが、もうそんなことはどうでもよくなっていた。動かない車と動かない人がそこら中に散らばっていた。歩いていなければ僕も同じことだ。
のどが乾いてきた。水はいたる所から吹き出していたが、飲めば死ぬことはわかっている。太陽が高い。僕はついに腰を下ろした。
歩くのをやめると、とたんに頭がいらないことを考える。父や母や妹のこと。ともだちや好きだったひとのこと。にわかに現実の輪郭がはっきりしてきた。
「嘘よ。こんなのみいんな嘘」
後ろで声がした。ふりむくと、女の子がひとり立っていた。すすけたほおをふくらませている。
「嘘? なにが?」
僕は言った。女の子はこちらへ歩いて来ながら、手ぶりのジェスチュアつきで答えた。
「ぜんぶよ。そこのこわれたドラッグストアも、足元のこげた赤ん坊も。みいんな、ただの嘘」
笑いが込み上げてきた。嘘? そりゃあいい。最高だ。
女の子は僕の横に腰かけて、ポケットからキャンディを取り出した。それを口に含むのをじっと見ていると、彼女は「あげないわよ」と釘を刺す。僕は肩をすくめる動作をして、自分のポケットの中の煙草を探した。
「で、誰がその嘘をついているんだい?」
「知らないわよ。でもとにかく嘘なんだから。嘘はよくないってママが言ってたわ。だからよくない事はみんな嘘なの」
「なるほど、筋が通ってるな。……あれ? 君、そのお腹……」
女の子の脇腹から何かが垂れ下がっていた。よく見ると、それは腸だった。
「あ、これ? これも嘘よ」
そう言って女の子は自分の腸を腹に押し込もうとした。しかしどうもうまくいかない。女の子はいらいらして結局それを引きちぎってしまった。
「みいんな嘘、か……」僕は煙草に火をつけながら言った。「じゃ、何も気にすることはないってわけだ」
「そうよ。気にすることなんかないわ。嘘なんだもん」女の子は当たり前だといった口調でそういった。「ホントのことはちゃあんと別にあるの」
「ふうん……」煙を吐き出す。「ところで、もうひとつだけ聞いていい?」
「なあに?」
「君が生きてるってのはどうなんだい?」
「決まってるわ」女の子はさっきと同じ口調で、言った。「う・そ・よ!」
僕は煙草の火を消した。横にころがっている子供の死体のポケットをまさぐってみたが、キャンディはひとつしか出てこなかった。それを口に放り込んで、僕は立ち上がった。また歩き出さねばならない。