夜の町。明かりは遠い。冷たいアスファルトの上に、彼女は崩れ落ちて泣いた。
「もう間に合わない、間に合わないわ」
絶望をひきずりながら、僕らは走った。今なら、今ならまだ間に合うかもしれない。彼女の足が何度ももつれる。あきらめれば、その方がずっと楽だろう。でも僕らは走らなくてはならない。彼女はうわ言のように繰り返す。
「もう間に合わない。私たちは取り残されるのよ」
もうすぐ世界が終わってしまう。もうすぐ世界が終わってしまう。急がなくては。世界の終わりに間に合うように。
「ああ、もう間に合わない。みんなと一緒に世界の終わりを迎えられないわ」
狂ったように走る僕たち。大丈夫、大丈夫だ。もう目の前に見えている。赤く染った地平線が。あの中へ、あの中へ飛び込むんだ。あの中にはみんながいる。みんながそこで滅ぶんだ。早く僕らもそこへ行かなければ。今なら、まだ間に合う。
「もしも間に合わなかったら、私たちどうなるのかしら? もしもふたりだけ取り残されたら?」
彼女が聞いた。僕は答えなかった。答えることができなかった。
「ふたりだけが残されたら? 終わってしまった世界に、ふたりだけが取り残されたら?」
そう言って彼女は足を止めた。僕は驚いて彼女の腕を引っぱったが、彼女は動こうとしない。
やがて彼女の口が、かすかに動いた。
「……それって、いけないことなのかしら?」
赤い光が小さくなってゆく。早くしないと、早くしないと本当に間に合わない。それでも彼女は立ちすくんでいた。彼女はつぶやくように、言った。
「ふたりなら、残されてもいいかもしれない」
赤い光が、薄らいでゆく。
「その方が、いいかもしれない……」
僕らは世界の終わりに背を向けた。そして静かに、歩きはじめた。