ペイパーカップに落ちる雨

――こんにちは。そちらの天気はどうですか。こちらでは、今雨です。霧のような雨が音も立てずに降り続いています。ベランダに、ペイパーカップを置いてみました。雨はペイパーカップに落ち、今にもあふれだしそうです。この雨水がどこから来たか、それを考えながら一日を過ごすのも悪くはないかもしれません。


 言葉というものは、水から出来ている。ペイパーカップに溜まった水は、どこかの回路を通じて何かを表す旋律を与えられる。ただ問題は、それが僕らに発音できるかどうかだ。


――件のペイパーカップですが、こうしてペンを遊ばせているうちにあふれだしてしまいました。いっぱいに張りつめた水がさあっと流れていくのは、熱したガラスが融けるのに似ています。水道の水より、コンビニに売っている水よりこの水はおいしそうに見えたので、これを凍らせてオン・ザ・ロックなど飲ろうかと考えています。


 こころを、水の状態のまま口うつしに伝えられたら。発音できないばっかりに伝えられないこころが、人にはどんなに多いことか。それらのこころはペイパーカップからあふれだし、宇宙を渡り、そうしてやがてどこかに泉をつくって誰かの来るのを待っている。


――雨は止みそうにありません。僕はこれから外へ出てみようと思います。霧雨なら、 濡れてみるのも悪くないなどと考えたのです。雨に打たれていると、なんとなく自虐的になってしまいます。もうどうなってもいいなんて思ったりします。でもそれを通り越すと、何だかこころがはずんでくるのです。トリップしているような、悟りを開いたような、そんな気分です。


 その泉に近づくために、ある人は苦行を積む。ある人は暝想する。でも僕はもっと手っ取り早い方法を知っている。今日も僕は、その泉の水を浴びるために酒を飲む。でも、いつももう少しのところで泉にたどり着けないでいるのだが。


――手紙は人を饒舌にするという点で酒に似ています。もう少し書きつらねたいこともあるのですが、雨が結局止んでしまったので今日は筆を置くことにしましょう。では、どうか御自愛のほどを。




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