胎児のような月が出て

 胎児のような月が出て、
 それはいつしか満ちてくる。
 胎児のような月が出て、
 それはあるいは欠けてゆく。



 ふたり歩く夜。ともしびはない。あたりを照らすのは、ただ天上でささやかな弧を描く月。
「月が出てるよ。まるで胎児みたいだ」
「あれは下弦の月。これから欠けてゆく月よ」



 胎児のような月が満ち、
 わたしのほほに紅がさす。
 胎児のような月が欠け、
 わたしのほほは蒼ざめる。



 この月が、このかすかな光が、これから増してゆくものかそれとも消えてゆくものか。それが問題なのだ。
「もしもあれが、あしたその光を減じていたなら? わたしは何をたよりに進んでゆけばいいのでしょうか?」
「……それを気に病んで、あなたはきょう進まずにいるつもりですか?」



 胎児のような月が満ち、
 わたしは生きていたくなる。
 胎児のような月が欠け、
 わたしは生きるのをやすむ。



「闇がこわいんです。夜がこわいんです。もしもこのかすかな光が、あしたなくなっているとしたら。光もいつかか細く消えてゆくということを見せつけられるには、わたしはあまりにも弱りすぎているのです」
「待て。胃液を吐いて血を吐いて、のどを胸をかきむしり、頭を壁に打ちつけながら。じっと、待て」



 胎児のような月が満ち、
 それはいつしか欠けてゆく。
 胎児のような月が欠け、
 それはいつしか満ちてゆく。



……いつ?




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